講座の歩み

北海道帝国大学に医学部が新設された2年後の大正10年に病理学講座が設置され、初代 今 裕 教授が就任、病理学第一講座の歴史は始まった。

 

今 教授は1925年(大正14年)第2代医学部長に就任、また、医学部としては初の第4代北海道帝国大学総長(昭和12年)に就任した。この間、「今氏銀反応」として有名な「細胞の銀反応の研究」で画期的な業績を挙げ、帝国学士院賞を受賞した。さらに、病理学教科書のロングセラーとなっている「病態病理学(新病理学総論)」、「新病理学各論」の前身である「近世病理学総論」、「近世病理解剖学」(南山堂)を出版、さらにライフワークとして心血を注いだヒポクラテス全集の邦訳(岩波書店)を刊行するなど、北大の発展、医学教育研究に輝かしい足跡を残した。

 

1937年(昭和12年)には今 教授の北大総長就任に伴って武田 勝男 先生が第2代教授に昇任した。武田先生は1965年の退官まで、長きにわたって教授を務めたが、前半の1940年代には「結核病変の成立とアレルギー」等、戦時下の厳しい状況にありながらもアレルギー、免疫応答の研究領域で業績を積み重ね、日本病理学会、アレルギー学会等をリードする存在となった。さらに、1950年代には吉田肉腫、武田肉腫などの腫瘍特異抗原の解析を中心とする癌免疫研究を推進し、その優れた業績により、我が国はもとより世界的にも高い評価を得た。以後、「免疫と癌」というふたつの大きな研究テーマは、それぞれの時代の要請に応じて多少かたちを変えつつも、病理学第一講座に綿々と受け継がれてゆくこととなる。

 

1965年(昭和40年)には相沢 幹 先生が第3代教授に昇任し、「移植と主要組織適合複合体」を主題とする免疫遺伝学の研究が展開された。近交系ラットを用いた実験的腎臓移植、肝臓移植、心臓移植における臓器の生着と主要組織適合複合体との関連、種々の抗原物質に対する免疫応答の遺伝学的解析を行い、ヒトの臓器移植のモデルを提供した。次いで、ラットの研究からヒトの主要組織適合複合体であるHLA系の解析に進み、日本人に特有なHLA抗原の発見や抗原分布を利用した人類学的研究、さらに各種疾患の発症に関わる遺伝学的要因を明らかにした。それらの成果は「HLA IN ASIA-OCEANIA」(Hokkaido University Press)、「HLA 1991」(Oxford University Press)として集大成された。

 

1988年(昭和63年)第4代教授に就任した吉木 敬 先生は、「ヒトレトロウイルス感染症の病理」を主題とした分子病理学的研究を展開した。HTLV-I(ヒトT細胞白血病ウイルスI型)持続感染ラットを作製、HAM/TSP(HTLV-I関連脊髄症)の動物モデルを確立した。また、遺伝子改変技術をいち早くラットに導入し、本邦初のトランスジェニックラットとなるHTLV-I遺伝子導入ラットを作製した。これらの遺伝子導入ラットはプロモーターや導入遺伝子、宿主系統の違いにより、乳癌や胸腺腫、全身性自己免疫疾患など多様な病変を発症し、それぞれ病因・病態解析が進んだ。さらに、今日なお、存在意義が明らかとなっていないヒト内在性レトロウイルスについても、その生理的・病因論的役割が解析された。この間、北大が大学院大学に移行したことに伴い、2000年(平成12年)には医学部病理学第一講座(第一病理)の名称が大学院医学研究科病態解析学講座分子病理学分野(病態・分子病理)へと変更された。

 

2004年(平成16年)第5代教授に就任した笠原正典先生は, 教室の伝統的テーマであるMHCを中心テーマとして病理学的研究を進展させた. MHC関連分子として複数のNKG2DリガンドH60b, H60c, Millを発見し, その研究は機能解析に加えて, 創傷治癒や腫瘍, 生理学的意義の解析へと広げられた. また, 免疫進化学的研究から, T細胞受容体や抗体の相同物としてヤツメウナギの免疫系が持っているVLRの新規分子を発見した. 胸腺プロテアソームの研究は, T細胞分化と機能への影響, 老化や神経疾患, 代謝疾患の, 胸腺腫の診断と分類への応用へと幅広く展開された. 加えて, がん微小環境や自己免疫性疾患, 臨床病理学的研究が進められた. 病理専門医育成に尽力するとともに, 大学院に設定された修士課程学生, 海外からの留学生受け入れも積極的に行われた.

 

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